Interview Archive: Mono (2012.08)

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インタビュー前半へ
Interview: Mono >>Part.1

 

–そもそもなぜインストゥルメンタル・バンドとオーケストラを組み合わせようと思ったんですか?

Goto:昭和の親の人ってみんなピアノを持ってらっしゃるじゃないですか。僕もやっぱりそういう環境で育って、ちっちゃい頃からベートーヴェンとかショパンが流れてたんですよ。でもそれがどういう風に合体するのかなんてのは全然思ってなかったんですけど、2003年か4年位の時に「あ、クラッシック・ミュージックもインストゥルメンタル・ミュージックなんだ」って事に気づいて(笑) それまでは全く別物だと思ってたんですけど。
次第に4人でできる事が充実してきたんで、誰もやってないそしてやりがいのある未知数分野に……世界中さがしてもそういうことやってる人いないじゃないですか、だから面白いなと思って。
そうは言っても、やっぱ僕ら4人が世界中でオーケストラ持ちたいねっていうのは、まあ現実ばなれしてるし、世界中誰もがそんなもの信じないじゃないですか。だけどそれから5年、6年、7年経って……今こうやってるっていうことが凄いありがたいなって。だから本当に願うとなんでも出来るんだなって思いますね。

–Takadaさんは、Gotoさんからそうやって「オーケストラとちょっとやってみたいんだけど」って言われたときにはどう思われましたか?

Takada:僕はぶっちゃけついていくだけなんで。やっぱりそれがバンドの信頼ですから。彼なりのプランもあるんですけど、それは僕らもやってみないんとわからないことですし。まあ、見えてないんですよ、僕は特に。だけど、まあやるんですよねみんなが。そうすると形になるんですよね。

Goto:そうすると夢が叶う(笑)

Takada:そう。

Goto:で、僕は僕でメンバーをすごいリスペクトしてるんですよ。だからこのメンバーじゃないとできないものを作らないとっていう仕事なんですよね、作曲においては。うちら全員……家族ってもんなんで全員の顔を思い浮かべながら曲書いて。

–前作から3年半ぶりに新作が出るわけですが、その3年半はどういった形で活動をされていたんでしょうか?

Goto:まだ行ってなかった国、ルーマニアやマケドニア、ラトビア、リトアニアとかを回ってました。12年間やってきたんですけど、まだやってない国があってそれがやりたかったんですよ。で、今インドとかサウス・アメリカ以外はだいぶ世界中呼ばれるようになったんですよ。そうやってたら3年半経ってた(笑)

–じゃあまったく音源制作っていうのは念頭に置かず?

Goto:音源制作は6ヶ月ほどの期間を2回頂いたんですよ、今まではツアーとツアーの間に時間を少しもらってたんですけどやっぱり書いてる最中にまたツアーが始まっちゃうんで。で、オーケストラ・ショーとかも入って何か集中出来なくなって、だから、メンバーに一回ちょっと遮断したいと。その1年間は月に1回位かな、曲考えたらメンバーに来てもらって聞いてもらうような感じで。1年位はほんと一人で曲書いてて。だから2年半はツアーしてたんだよね?

Takada:そうですね、でも今日は10ヶ月ぶりのぐらいのライヴですね、そういえば。

–そうでしたか、10ヶ月ぶりのライヴはいかがでしたか?

Goto:いやーほんとに一曲目終わった時にありがとうって(笑)

Takada:まあ、でも今日は緊張よりも周りの皆さんとかに感謝という気持ちの方が多かったですね。だから変な緊張もしなかったというか。

–凄い優しい響きでした、柔らかくて。

Takada:あ、本当ですか。良かった。

Goto:よかったです、本当に。結構そういう感じで日本で演奏が出来る環境が出来たってことに。僕らが結成した頃は自分たちの居場所がなくて、やっぱり歌無しのバンドっていうのは結成した1999年とか2000年の時は凄い厳しかったんですよ。で、ライヴハウスさんとかにもなかなか出してもらえなくて。それもあってニューヨークからやってみようって。今でこそそういう環境が出来ているけれど、当時の日本はまだ…やっぱり僕らはすごい最初の最初の頃にやってたんで対バンが組みにくいとか、あと、こういう音楽は聴いたことないからちょっとイマイチだって言われて。本当に出るところが少なかったんですよ。だから必要だったのかな? とにかく日本に居場所が無くなっちゃって、海外ガーッと回って…12年か、12年経ってこうやって帰ってこれるんだって。僕達日本人なんで帰ってこれたっていう感じがね。だから一曲目が終わったあとにありがとうって思ったのはその気持ちですね。

–ツアーをされていろんな場所に行く中で、海外と日本でやる違いというか身に染みて実感した気苦労だったり、大変さだったり、嬉しさだったりっていうのはありますか?

Goto:やっぱり後にも戻れない状態だったんで、例えば当時はツアーも年間170本位やってて。とにかくマネージャーもいない頃から、楽器も自分たちで買って、アメリカで今度は置くところを探して、寝るとこもままならないし、英語も喋れない、当時はGPSもないから地図だけ持って、渋滞しても遅刻している理由が喋れないし、場所も伝えられないというような。 変な話リハーサルが何分でサウンド・チェックとかそういうのも。 全然仕組みがわからないところから始めたんですよ。だから本当に4人の冒険ですよ。

Takada:大冒険です。

Goto:結局僕たちを助けてくれたのは友達やファンなんですよ。今でこそ世界中で出させて頂いてますけど、ニューヨークで最初に僕らがやったときのライヴはお客さんが5人だったんですよ。僕らは楽器とか売って飛行機代作って、夢だけを頼りに12時間か14時間かけてニューヨークに行ったのに。それで僕がひどく落ち込んだんですよ。日本でも出してもらえない、ニューヨークでも5人だし、けど自分がリーダーで、みんなの時間と熱意をどう責任取っていいんだろうってすっげー悩んだときに、メンバーが「Gotoさんこんなのは京都に行っても同じですよ」って。「京都に行っても同じですから全然気にならない。だからもっともっとやっていきましょう。」って言ってくれたんです。あの一言がなかったらツアーは出来てなかっただろうなって思いますね。まだインターネットなんかが始まる前の世代なんで、宣伝のしようもないじゃないですか、だから本当にツアーをして、ライヴ演奏で得た信用で口コミでファンの信用を得たというか。それがヨーロッパに飛び火して、オーストラリアに飛び火して、今がある。もう帰るところもないし、食べれないし、これ以上は出来ないってところまで追い込まれたけど、それがよかったのかもしれない。

–今までやり続けてきた一番の原動力はそういう崖っぷち感があったわけですね。

Goto:そうですね、僕達は本当に日本で無名……まあ今もほとんど無名なんですけど、だけど無名が故にその悔しさもあって、例えば僕らが世界行って旅してるときは日本人として振る舞うわけじゃないですか。そうしたときに僕はちゃんとした日本人になりたいんですよね。 例えば僕らの父さん母さんとかもっと諸先輩方の世代ってのは第二次世界大戦が終わって焼け野原からスタートしてるわけですよ。あのときの日本人の力強さっていうのを凄い尊敬してて。それをリスペクト出来ないってことは自分の両親をリスペクト出来ないっていうことなんで。昭和の日本のあの強さ、今の日本が弱いとか言われてますけど、やっぱり僕は日本人として振る舞って例えば行動の一つ一つ、意志の強さ、そして日本人はステレオタイプでひ弱ではないっていうことをちゃんと証明していきたいんですよね。だからそれは僕達の先代の、先輩方に対してのリスペクトだし、日本人としての誇りでもありますから。

–なるほど、それで本作のタイトル『For My Parents』がまさにドンピシャな感じですが、あのテーマはどのように決まったのでしょうか?

Goto:ほんとにとことんまでワールド・ツアーやってロンドンでオーケストラ・ショーやったときに僕の中で一つ夢がかなったんですよね。本当にあの瞬間こんな歓喜が自分の人生の中に来るなんて夢にまで思ってなかったんで。これ以上は自分たちでやれることはないくらいまでいっちゃったんですよ。そうしたときに今度は自分のルーツはなんだろうって思って、やっぱりあの地震が起きたときに福島のことだったり、こういうことになって、ひ弱な日本を見たし政府の対応もどこまでが本当なのかわからない、そして政治も色んな意味でわからないって言ってたらベルギーの僕の友達に「タカ、お前は日本人としてのプライドがあるのか?」って言われて。 だから俺はそいつに「お前はベルギー人としてのプライドがあるのか?」って聞いたら「俺もプライドがあるかどうかはわからん、だけど俺はベルギー人としての血がある。タカ、お前はジャパニーズのブラッドがある、それを探しに行け。」って言われたんです。
それで色んな日本のルーツを知りたくなって日本を旅したんです、去年の8月から。で、最後に9月に実家に8年ぶりに帰ったんですね、島根県の出雲市に。田舎の村なんですけどやっぱり僕はそこで育ったんで。親はずっと僕が音楽の道に進むのを怖がってて….ずっと可愛がってくれてたんで、そんな冒険を許してくれた親にやっと顔向けが出来るんじゃないかって思い始めて。で、空港で会った時に初めて親を抱きしめたんですよ。その時に親父が言った一言が良くて「おお、アメリカスタイルだな」って(笑) だから「アメリカスタイルもいいじゃない」って抱きしめたんですよ。で、パッと見たらうちのお母さんがこうやって待ってたんです(笑) それで自分の中でもやっと抱きしめることが出来たっていうのがあって、いろんな意味を含めて自分の冒険を認めてくれた親に恩返しをしたいなって思って。メンバーにもその話をして。ルーツを探してたんですけど、例えばメキシコの人にとってもインドネシアの人にとってもパキスタンの人にとってもアメリカの人にとってもルーツっていうのは全員親なんだなって思ったんですよ。それは1000年先も1000年前も同じなんじゃないかって思って、これだ!って。そこにインスピレーションがあって、この『For My Parents』っていうアルバムが例えば父の日だとか母の日だとか誕生日のちょっとしたギフトになればいいなって思って。アルバムの中に手紙を入れて、写真を入れる切れ込みを入れて、メッセージを書いてそれを渡してくれって。そこに音楽があればいいと思ったんですね。

–それを表すためにサウンドでこだわったところはありますか?

Goto: サウンド面と精神的な面があって。その頃が僕が出会ったゲーテの詩で「私は間違っていたようだ、本当の強さというのは恐怖や悲しみに打ち勝つことではなく、暗闇でさえも不安を打ち消す穏やかな心だ」っていうのがあって。僕はずっと親に対して顔向けが出来ないなってロックをやってて思ってて。初めて音楽で抱きしめられるような静けさを…今までは暗闇とか悲しみを壊すようなことをやってたんですけど、そうじゃないんじゃないかって思って。だから、さっき(音が)優しかったって言われたのはそういうことかも知れないです。
精神的な面ではそういうことがありましたね。

Goto:ただ、音楽的にはやっぱりドラムとかも普通ではないとにかく誰もやってないユニークで新しいサウンドをっていうのがあって、それとインストゥルメンタルなんでやっぱりパッと聴いた瞬間にMonoだねって言われるトーンが必要だっていうこと。時期的にそういう新しい音楽、何かの模写でも組み合わせでもなくて。それで僕はやっぱりルーツのベートーヴェンとかに帰って。オーケストラと一緒に新しい音楽を作るっていう経験もあったんで。今日聴いていただいた楽曲も新しい曲なんですけど、頭3曲、ああいう感じで出てきたんです。

 

Mono – “Legend: A Journey Through Iceland” | 『For My Parents』収録

–今回のレコーディングはニューヨークの大聖堂を改造したところでおこなったそうですがいかがでしたか?

Takada:いい環境でしたよ。ニューヨークって言ってもニューヨーク州広いんでマンハッタンから2時間半ぐらいかかるような凄い田舎で。音楽に没頭出来る環境でしたね。

Goto:(今回のアルバムは)Lenny KravitzとかVanessa Paradisのプロデューサーなんですよ。もうすごいお歳を召した方でマドンナとかミック・ジャガーとか録ってらっしゃるんですけど。だから、僕たちはいい経験をさせてもらいました。すごいヴィンテージのソウルフルな音が好きなので、だからオーケストラもそこで録って。ほとんどのテイクは1発録りで、環境もすごいスピリチュアルでした。

–やはりインストゥルメンタルというのは歌詞がないのでメッセージを伝えにくいところがあると思うんですが、リスナーの方たちにこういう世界を見てもらいたいとかこういう思いを伝えたいというところはありますか?

Goto:僕は昔から”歓喜”を表したいと思っているんですけど、ずっと歓喜だとやっぱりちょっとわからないから。例えばずっと健康な人が風邪をひいたときに健康のありがたさをわかるような。いつだって人生っていうのはいい時もあれば悪い時もあって、表現としては暗闇を抜けてそれが少しずつ変化していて最後に大歓喜になるってことなんですけど、新しいアルバムに関してはド頭から歓喜からくるんですね。だからずっと暗闇を通り越した本当の歓喜っていうのを感じて表現したいですね。

–Takadaさんは?

Takada:多分曲をもらってバンドで作り上がっているとき音色の話になるんですけど、ドラマーなんで僕は叩くっていうことになるですが、親や親の世代にも聴いて欲しいっていうのが…

Goto:ロックだとかクラッシックじゃなくて普遍的な音楽として作りたいという。

Takada:うん、そういうことを考えることについて自分でもなるほどと。例えば20代の人が聴いてグッてくるシンバルの音もいいけれど60歳の人も聴けるシンバルの音っていうのはどういう音なんだろうって考えましたね。パンクの初期衝動ってもちろんいいんですけど…

Goto:気持ちはね、すごいハードコアなんですよ(笑)でも、やっぱり自分たちの実年齢が上がってきたんで。今までは俺、俺、俺ってノイズとかすごい感じで。だけど今は音楽で社会に貢献できて初めて芸術家なんじゃないかって思ってて。それが出来なければただのクソッタレなんじゃないかって。特に今回の一曲目のエンディングなんかは世代から世代へバトンタッチしていくような、おじいちゃんとかお父ちゃん、子供へっていうのを考えてて。

Takada:その親子っていうのは結局どんどん繰り返されることじゃないですか、だから、今回のアルバムもそうやってずっと残っていけばいいなって。

–なるほど、すいません長々とお話してしまいましたが、最後にこれから日本での単独公演やワールド・ツアーも控えているとのことで、それに向けての意気込みと日本の皆さんへのメッセージをお二人からお願い出来ればと思います。

Takada:沢山の人に聴いて欲しいです、年齢も性別も国籍も問わずに。まあちょっと月並みですけど、国境とか年齢層とか、肌の色とかそういうのも超えて聴いて欲しいですね。

Goto:8月31日に東京・恵比寿リキッドルーム、9月7日に大阪シャングリラ。今回は東京と大阪なんですけど、やっぱりワールド・ツアーやっちゃうと日本では年に一回か二回出来るか出来ないかってなっちゃうんですよ。だから願わくばそこでね。その時は新曲と昔の曲と合わせて演奏するんで。昔からのファンの方とも新しいファンの方とも体感したことないようなそういういい時間を共有したいなって思ってます。


 
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