Brian Enoがニュー・アルバム『Reflection』を来年1月1日にリリース

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Brian Enoが新作『Reflection』を来年1月1日にリリースすると発表した。国内盤CDにはセルフライナーノーツと解説書が封入され、初回生産盤は特殊パッケージとなる。
長年に渡って取り組んできたシリーズの最新作と位置づける本作について本人のコメントが到着している。

『Reflection』は、長きに渡って取り組んできたシリーズの最新作である。あくまでもリリース作品という観点で言えば、その起源は1975年の『Discreet Music』にまで遡るだろう(もしくは1973年のフリップ&イーノ作品だろうか?それとも1965年にイプスウィッチ・アート・スクールで、私が最初に制作した作品 -- 金属のランプシェードの音を録音し、1/2倍速と1/4倍速のスピードで再生させた音源を重ねて録音したもの -- だったろうか?)。

何れにしても、これは後に私が “アンビエント” と呼び始めるものである。もはや私自身も、この言葉の意味を理解しているとは言い難い。想定外の範囲にまで適応するよう、言葉が一人歩きしているように思えるからだ。それでも私は、同じ時間の中で、律動的に結びつき、一つにまとまる要素を備えた音楽作品を識別するために、この言葉を今でも使用している。

この系譜には『Thursday Afternoon』『Neroli』(サブタイトルは『Thinking Music IV』)、そして『LUX』が含まれる。“Thinking Music” をコンセプトにした音楽は数多く作ってきたが、そのほとんどは自分自身のために留めてきた。しかし今、人々は、私の初期作品を、当時私が活用してきたように -- 考える行為に最適な環境を作るために -- 活用していることに気がついた。だからこそ、皆さんに共有するしたい気持ちが芽生えたのだ。

このような作品には別の名前もある。これらは“自動生成的”なのだ。つまり自らが自らを作り出す。作曲家としての私の役割は、一つの場所に、複数のサウンドやフレーズを集め、それらに何が起こるのかというルールを設けること。それから全体のシステムを作動させ、何が生じるかを確認し、満足がいくまで、サウンドやフレーズ、ルールを調整する。そのようなルールは確率論的であるため(ほとんどの場合、それらは、Xという働きを、Yのタイミングで行う、というようなものである)、生み出される音楽は、システムを作動させる度に異なる結果をもたらす。あなたが手にすることになる作品は、それらの結果の一つなのだ。

『Reflection』と名付けたのは、今作が私に過去を振り返させ、物事を熟考するように働きかけるからだ。自分自身との内在的な会話を促す心理的空間を誘発するように感じるのだ。その一方で、他者との会話をするときの背景音としても機能すると感じる人もいるようだ。このような作品を作る際、私の時間のほとんどは、聴く行為に費やされる。時には何日間にも渡って聴き込むことになる。異なるシチュエーションでどのようなことが生じるのか、またそれらによって、私がどのような気持ちになるのかを観察する。まず観察し、ルールを調整する。これらの作品を構成する要素は確率論的であり、様々な確率が積み重なるため、起こり得るすべてのバリエーションを理解するのに時間がかかるのだ。例えばルールの一つを「100音毎に音程を半音階5つ分上げる」というものだったりする。そしてまた別のルールを「50音毎に、音程を半音階7つ分上げる」というものとする。それら二つのルー ルを同時に走らせると、非常に稀だが、ある時点で二つが全く同じ音階を奏でることになる。つまり 5000音毎に音程が半音階12個分上がるからだ。ただし、どの時点からの5000音がそれを生じ させるかどうかはわからない。なぜなら、あらゆる操作が、異なる形で並行して同時に行われているからである。ゆえに最終形は複雑かつ予測不可能なものになる。

アーティストという存在は、おそらく二つのカテゴリーに分類できるだろう。農耕民族と狩猟民族である。農耕民族は、一つの土地に定着し、そこを丁寧に耕し、その場所に多くの価値を見出す。狩猟民族は、新しい土地を探し求め、発見する行為自体や、まだ多くが踏み入れたことのない地に身を置く自由に喜びを見出す。私は、自分の気質上、農耕民族的であるよりかは、狩猟民族的であると以前は考えていた。しかし、この作品が属するプロジェクトがすでに40年以上に渡って続いてきたという事実は、自分の中に農耕民族的資質が多く存在していることを考えさせてくれる。

Brian Eno, November 2016


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